武道とは何か?

武道とは自らの生死を賭けた「自己保全」であり、そのためには強くなければなりません。

生死を賭けた戦いとなれば、心身は極限状態となり、筋肉の痙攣硬直、失禁、失神といったことも起こり得るのです。

稽古でどんなに鍛錬しても、心理的抑圧のために、身体が硬直して動けなくなってしまう恐れもあるわけです。

こうした精神的、心理的問題が深くかかわってくる武道の鍛錬は身体と同時に精神も鍛える必要があるのです。

そして、ただ物に動じないだけでなく、どんなわずかな気配も敏感に察知する鋭利さも同時に要求されるのです。

武道は戦闘技術なのであって、武道の修練がそのまま人としての修養の道であるわけではありません。

ただ言えることは、人に勝てるようになるためには、人の心の動きに対応する感性とか、大胆さとか、謙虚さとか、素直さや冷徹なまでの姿勢、用心深さなどといった精神的能力を養うことが、必要不可欠なのです。

その事が力をつけてゆく過程で「うぬぼれ」や「みくびり」が影をひそめ最終的に人を成長させることになるのです。

宮本武蔵は「五輪書」の空の巻で、人は「その身その身の贔屓その目その目の歪み」で事を仕損じるのであると述べらております。

要するに自分自身の都合というものが敵を見る目を曇らせる大敵だぞと言っているのであって、言うまでも無くこれは武道の場合「勝つ」ための心構え以外のなにものでもないのです。

しかしながら見方を変えれば、これはそのまま人生に必要不可欠な人間関係とも捉えることができるのです。

自分の都合だけで相手の気持ちを無視し相手の事情を考慮せずに行動すると、やり方を間違えて人は自滅します。

その理由を明確化し、人が生きぬいてゆく上での指標として「身のひいき」をやめ、率直に人を見、虚心に人の言葉を聴くという姿勢の人が、結果的に最後の勝利者ということになります。

武道の場合、強くなりたい、人に勝ちたいという欲望が心の視野を広げてくれることになります。

兎にも角にも武道による人間形成の方法とは、生き残りたい、強くなりたい、勝ちたいという、生き物としての生存本能をバネにしたものであるだけに実効性があるのであります。

人生というものは、人は誰でも庇護しなければならぬものを護り、事を成就に導き、破滅を回避するという、選択の余地のない切実な状況に立たされる場合があります。

逃げるわけにいかない場面で、覚悟をきめて心気を澄ませ、気力を充実させてものごとに立ち向かうことが求められる、失敗の許されない位置に身をおく者がとるべき姿勢、これは戦いの姿勢なのです。

その基本姿勢を我々は武道で学ぶことができるのです。

あなたは自分の限界を、自分で勝手に心の中に作り上げて、あなたの人生の夢の実現をあきらめていませんか?

武道の“今・ここ”という瞬間集中が、日常的な生活や仕事でも、一瞬一瞬の“今・ここ”に集中することにより、ストレス症状に悩むこともなく、正確な判断が下せるようになります。

武道は潜在能力開発法

この武道にはあなたはの人生を変える力すなわち「秘められた潜在力の開発」で人間関係、仕事、お金、健康、成功、幸せ、などで二度とないあなたの人生を悔いのない充実した豊かさを創りだすでしょう。

武道は単なるスポーツ競技ではなく、人生をよりよく生き抜くため、いわば運命を拓くための潜在能力開発法なのです。

武道は命がけの真剣勝負です。一瞬の隙が勝敗を決してしまいます。そのために、“今・ここ”に集中をして、敵や周囲の状況に左右されない心の調整が重要となります。こうした切羽つまった極限状態が心の奥深くに眠っている本心(潜在力)を目覚めさせ、相手の意識の動きや攻撃の起こりを察知出来るようになるのです。

柳生流の家訓で知る武道の達人とは?

徳川将軍家の剣術指南役として、江戸時代から現代まで受け継がれている柳生流の家訓は
小才は、縁に出合って、縁に気づかず。
中才は、縁に気づいて、縁を生かさず。
大才は、袖すり合った縁をも生かす。

このたったの三行ですが、大才は極意に達した達人のことですが、些細な袖すり合うというようなことまでを「生かす」ことを気づく事ができて、大才(達人)となる。

古の達人は人間本来のすばらしい資質に気づいていたからこそ、このような表現を使ったのです。

武道の奥義に隠されているもの

結論としましては、武道(武術)には、人として生きていくための知恵と奥義が隠されています。あなたも是非その醍醐味を味わっていただきたいものですね。

その結果、日常的な生活や仕事でも、常に「今」であり「ここ」であることが判れば、ストレス症状に悩むこともなく、正確な判断が下せるようになります。

そして、あなたはの人生は「秘められた潜在力」で人間関係、仕事、お金、健康、成功、幸せ、などで二度とないあなたの人生を悔いのない充実した豊かなものにします。

法句経という原始仏典の中に、

「己こそ己の寄る辺、己を措きて誰に寄る辺ぞ。よく調えし己にこそ、まこと得がたき寄る辺をぞ得ん」という言葉があります。

いざとなったら本当に頼りにできるのは自分だけである。

どんなに親しい友人や愛する家族がいて、潤沢な財産があっても、死ぬ時はこの身ただ一人であの世に旅立たなければならない。
そのために自分を調えておこうというものであります。

このような心境になった時、独創力が湧き、柔軟な状況判断力が発揮できるようになるのす。

そのためにはまず、“今・ここ”という瞬間集中で自己観察をしてみましょう。