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今流行りの気功は、主に道教の修行法を主にして、方士と称される道教の修行者が身心修養法として丹田呼吸法を基にして、著しく成果をあげた体験を積み重ねて作り出されたものと言えます。

丹田呼吸法の発祥は中国の錬金術

その丹田呼吸は中国の錬金術から発したロジックで、鉛などの卑金属を精錬して貴金属に変える方法から不死の薬としての丹薬を作り出す術として考え出された。

さらにそのアナロジーとして考え出されたものが丹田呼吸の法である。

下腹部の内部を炉に、呼吸をフイゴの風にたとえて、そこで不老不死の丹薬を精製しようと試みたというわけです。

丹田呼吸法は腹を鍛えるという考え方として日本にもあった?

古くから日本人にとって腹は、人体の中でも特異的な存在とされていた。

これに関しては、武士の切腹の風習を見ても納得できる。

決着の方法として考えると、腹を切るというのはあまり合理的な方法ではない。

単に死ぬためだったら、首や胸を剌したほうが手っ取り早い。

腹を切るのは、息を引きとるまでに時間が掛かって苦悶するし、内臓が飛び出したりしてはた目にもむごたらしく見えます。

それを敢えて行なうのは、魂の居場所として腹に特別な思い入れがあったからではないでしょうか。

そして、その腹を切り開くことによって、自分の潔白・赤誠を証明する儀式としたのだと思います。

腹に魂が宿っているという古人の直感は、決して科学的無知からくる迷信ではありません。

それは決死の身体動作や精神活動を介して体得した直感であり、多くの時間を遣って追認されてきた真理なのです。

丹田呼吸法で生涯向上を果たした剣豪

山田一徳斎著『日本剣道史』の中で二百年来の名人と称賛されている白井亨が白隠の丹田呼吸法を元に探く追求し、体得した丹田呼吸法は、まさに人間を生涯にわたり成長させるための秘法であったと言えでしょう。

江戸末期に輩出した赫々たる剣豪の中に、天真伝一刀流の白井亨義謙の剣名はとりわけ光芒を発している。

それほど体力に恵まれない白井が、二百年来の名人(山田一徳斎著『日本剣道史』)と褒め称えられるまでになったのは、生涯成長するための道を探く探し求め、それを見いだすことができたからです。

そして目や耳など五官のはたらきに頼らず、丹田の力で外界の動きを予見して、丹田からの赫気によって相手を圧倒してしまうのであります。

それ以降の白井の剣は、「おれの剣先からは輪が出るぞ」と言うほど機鋒鋭いものとなった。

丹田から腕、そして指先を伝って剣先まで力の伸展が目に見えるように感じ取れたというわけです。

こうして丹田呼吸法によって白井亨は、体力に頼らず年齢と共に向上する天真無為の道を手に入れたのです。

勝海舟は白井から剣の教えを受けたことがあり、

「この人の剣法は、大袈裟にいえば、一種の神通力を具えていたよ。

彼が白刃を揮うて道場に立つや、凛然たるあり、神然たるあり、とても犯すべからざるの神気、刀尖よりはとばしりて、真に不可思議なものであったよ」

と言って、一代の名人と讃えています。

白井亨が生涯成長し続ける道として得たものは丹田呼吸の法、つまり腹を練磨することであった。

丹田呼吸の法の驚くべき効能を知った白井亨は、針谷夕雲、小田切一雲、金子夢幻、山内蓮心といった不世出の名人達が、自分なりのキャリアから得た剣の極意を述べていながら、丹田呼吸について論じていない事に不満をもらしております。

知力の人より胆力の人

物質文明的モラルでものを見ると、人間は頭の回転が速く、記憶力のよい、また動作が素早い者が役に立つ人間ということになります。

こういった能力はある一定の年齢に達すると、あとは衰えていくものばかりであります。

記憶力などは十代半ばから衰え始めると言われる。

これでは、人生の大半はひたすら下り坂を降りるためにあることが伴ってしまう。

仮にも人間たるもの、そんな皮相的な存在であるはずはない。

人間はもっと大きな可能性を持ち合わせているに他ならない。

能率主義一辺倒の狭小の考え方が、人間の本質的価値を見落としているというわけです。

日本武道はこのような人間の本質を認識するために、かけがえのない文化遺産である。

スポーツとは一線を画する武道の存在意義はここにあるといえよう。

白井亨がパワーやスピードに頼る剣法に見切りをつけて、丹田呼吸により「技神に入る」境に達したことはこの辺の消息を物語っている。

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