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空手の型 平安(ピンアン)は明治になって作られた新しい型で松濤館流や日本空手協会では「へいあん」、沖縄の首里手や和道流では「ピンアン」と称されております。

空手の型 平安(ピンアン)の考察

ほとんどの流派で、初心者用の型として、入門すると一番最初に学ぶ型で、昇級審査用の基本型として取り入れられて、黒帯を締めると殆どやらなくなってしまっているのが現実だということです。

現在はこの平安(ピンアン)の型は「糸洲安恒先生が古伝の型の中から危険な技を省いて、学校教育の体育用として新しく創作された型」というのが、一般的な平安に対する認識です。 

しかし、本当にそうなのでしょうか?

近代空手道の祖『糸洲安恒先生』が後の世のためにと考えて残された「糸洲十訓」(ないしは「唐手心得十ヶ条」ともいう)と言われるものが現存します。

この中に、「一人で十人を相手に~」、「軍人社会の一助に~」という表現でもわかるように、現代の「体育」という概念とは確実に異なり、「武術」として唐手を位置づけていると言えます。

平安(ピンアン)の型が作られた時代的背景

平安(ピンアン)の型を創作して4年目に糸洲十訓が県庁に提出されております。

当時の沖縄県知事は、糸洲先生が学校採用の嘆願書を出した際、「唐手術の稽古を通して得た心身が、それほど軍人としての自信につながるものであれば、その有効性を率直に認め、県民子弟に奨励し、早速学校体育として採用するがよかろう」と言われたと伝えられています。

平安(ピンアン)の型の特徴

糸洲十訓のなかで平安(ピンアン)の型は「毎日1~2時間で3、4年すれば奥深いところまで行く人もでてくる」という表現が使われています。

この型の創作には、首里手のエッセンスを集め古伝の技術レベルを落とすことなく、護身術として即戦力で使える技術の抜粋にも、十分に検討を尽くされたと思われます。

それに加えて、学校教育で空手を採用し普及させるためには、指導法の確立と指導者の育成という重要課題の解決させるために初段から五段へと上達過程を踏まえた構造にしてあるのだと思われます。

具体的には、空手(唐手)とはいかなるものかということを論理的に解明し、後世のために残されたものが糸洲十訓です。

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糸洲安恒先生遺稿[糸洲十訓(唐手心得十ヶ條)]

前文

空手は儒仏道より出たものではなく、その昔、中国より昭林流と昭霊流という二つの流派が、琉球(沖縄)に伝えられたものである。両派それぞれ特長があり、そのままの状態を大切に守りながら伝えていかなければなりません。そのために、心得の条文を行を改めて書き記します。

第一条

空手は個人としての体育を養成するだけではなく、いずれのときでも国、親に一大事が起きた場合は、自分の命をも惜しむことなく、正義と勇気とを持って、身を犠牲にしてでもつくし、一人の敵と戦うのが主旨ではなく、万一暴漢や盗人に会ったときでも、なるべく拳足を使って傷つけないように心掛けること。

第二条

空手は専一に筋骨を強くし、体を鉄石の如く固め、また手足を鎗鋒に代用するものなれば、自然と勇武の気持ちを発揮させる。ついては小学校時代より練習させれば、他日兵士になった時他の諸芸に応用する便利があり、将来、軍人社会での精神面と術技面への何かしらの助けになると考えます。最も、英国のウエリントン候が、ベルギーのワーテルローでナポレオン一世に大勝した時にいいました。「今日の戦勝は、我が国の各学校のグラウンド及びその他の施設で広く体育の教育をやった成果である」と。実に格言というべきでしょうか。

第三条

空手は急速には熟練するものでなく、「牛の歩みは遅いが終いには千里以上に達する」との格言の如く、毎日一時間か二時間くらい一生懸命に練習すれば三、四年の間には一般の人と骨格が異なり空手の蘊奥を極める者が数多く出てくると思う。

第四条

空手は挙足を主体とするものであるから、常に巻藁にて充分鍛え、肩を下げ、胸を開き、強く力をとり、また足も強く踏みつけ、丹田に気を沈めて練習すること。その突く回数も片手に百回から二百回は突くこと。

第五条

空手の立ち様は腰を真直ぐに立て、肩を下げ、力を抜き、足に力を入れて立ち、丹田に気を沈め、上半身と下半身の力を引き合わせるように凝り堅めることが大切である。

第六条

空手の技は数多く練習し、一つ一つの技の意味を理解し、これはいかなる場合に使うベきかを確かめて練習すること。また入れ(突き)、受け、はずし、取り手の法があるが、それは秘伝になっておりますので、多くは師が弟子に対して口で伝えるようになっております。

第七条

空手の技は、これが「体」(基本鍛錬)を養うのに適しているか、また「用」即ち実用(応用技)を養うに適するかを予め目的と方法を確定して練習すること。

第八条

空手の練習をする時には実戦と同じ気迫で目をいからし、肩を下げ、体を固め、また受けたり突いたりする時も現実に敵の攻撃を受け、敵に突き当てる気勢で常々練習すれば、自然とその成果が現れるものであるので、くれぐれも注意のこと。

第九条

空手の練習は体力不相応に余り力を入れすぎると、上部に気が上がり、顔を赤め、また眼を赤め、身体の害になるからくれぐれも注意のこと。

第十条

空手熟練の人は昔より長寿の者が多い。その原因を探ると筋骨を発達せしめ、消化器を助け、血液循環をよくし、長寿の人が多い。ついては自分以後、空手は体育の土台として小学校時代より学課に編入し、広く練習させれば、将来、一人で十人の相手にも勝てるほどに優れたが人材が多く出てくると思う。

後文

右十ケ条の旨意を以って、師範中学校において練習させ、将来師範中学校を卒業し、各地方小学校で教鞭をとる際には細かく指示し各地方小学校において正確に指導させれば、十年以内には全国一般に広がり、沖縄県民だけのためでなく、軍人社会の一助にもなるものと考え、お目にかけるために筆記しておくものである。

平安の特徴は、糸洲十訓に書かれているように、「短期間で上達できるように工夫されている」のと即戦力として実用が可能なものであり、その用法は口伝が必要」ということです。

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