スポンサードリンク

空手の流派は、数多く存在し、流派によって教える型や訓練法、試合規則も大きく違います。

空手の流派の種類

大別すると、空手の流派は4つに分類することができる。

伝統派空手(全空連空手・寸止め空手)

一般には本土空手を指す場合が多く、直接攻撃をしない、「寸止め」ルールを採用している。

空手の競技化、スポーツ化に力点をおいており、競技空手、スポーツ空手とも呼ばれる。

剛柔流、松濤館流、和道流、糸東流が規模の上から一般に四大流派として、よく知られている。

本土空手は、大学空手を中心に発展変化してきたために、沖縄空手よりも若者向けに型や組手が力強く見栄えがするように変化している。

また、本土という土地柄、柔術などの日本武術の影響が強く見られるのも特徴である。

沖縄空手

沖縄に本拠をおく空手流派で、伝統的な型稽古や鍛錬法を重視している。

全空連が沖縄の形を指定形から排除したことで、本土と距離を置くようになったとも言われています。

近年では沖縄県自体も空手の発祥地を意識して、「沖縄空手」の国際的な宣伝に力を入れている。

本土の空手会派とは組織形態が異なり、多くの沖縄空手会派、流派は単独組織を維持し、本土より世界各国に数多くの支部道場を持ち、世界的な大きな広がりを見せている。

沖縄空手の流派には、三大流派として剛柔流、上地流、小林流があり、他に沖縄拳法、少林流、少林寺流、松林流、本部御殿手、沖縄剛柔流、沖縄松源流、劉衛流、金硬流などがある。

フルコンタクト空手

主に極真会館とその分派である正道会館、円心会館、士道館など数多く存在し、手技による顔面攻撃以外の直接打撃制ルールを採用する会派のことで、実戦空手とも称している。

近年は幼年部、少年部や壮年部の会員の安全を配慮して、上級者以外ではヘッドギアやサポーターをつけるようになっている。

防具付き空手・硬式空手

防具をつけて試合をする空手競技で、組手競技ルールとしては寸止めやフルコンタクトよりも古く、

空手界で最初の全国大会である全国空手道選手権大会は防具付きルールで行われました。

当然ながら顔面への攻撃が許されている。

硬式空手という呼び名の由来は、技が決まっても「止め」がかかるまでに時間をとり、その間決まった連続技も加算する加点方式を採用しているものが、そのように呼ばれている。

全日本空手道連盟錬武会、全日本硬式空手道連盟、

少林寺流空手道錬心舘、千唐会、清心流、全日本格斗打撃連盟、

日本防具空手道連盟、全国防具空手道連盟などが代表的な会派である。

スポンサードリンク

伝統空手の四大流派

剛柔流 (ごうじゅうりゅう)

 那覇手出身の宮城長順が創始。その名称は、長順所有の拳法書「武備誌」の中にある拳法大要八句の「法剛柔呑吐」から取られた言葉に由来している。

松涛館流(しょうとうかんりゅう)

 首里手出身の船腰義珍が創始。義珍は本土空手の父と呼ばれるが、本人が流派名を名乗ったことはない。昭和14年、義珍の書号「松涛」を冠した道場「松涛館」を設立。その松涛館出身の義珍の弟子たちが名乗った流派名が、松涛館流である。

糸東流(しとうりゅう)

 琉球唐手三系統を学んだ摩文仁賢和(まぶに・けんわ)が創始。琉球唐手のすべての技術系統を網羅した流派が糸東流である。当初は「摩文仁流」という名称だったが、賢和が大日本武徳会に“練士”の称号を授与されたときに「糸東流」と名乗ったのが最初。ちなみに“糸東”とは、賢和の師である、糸洲、東恩納の二人の名字からとった名称である。

和道流(わどうりゅう)

 四大流派のなかで唯一、本土出身者によって創始された。創始者の大塚博紀は、元々は神道揚心流の柔術家であったが、船越義珍に学び、本部朝基や宮城長順とも交流。空手と柔術の長所を取り入れ、和道流空手として創始した。

スポンサードリンク