あなたは自分が思い描く人生を実現したい、心豊かな人生に生きたい、と願っていますよね!
そんなあなたの思い描く心豊かな人生を生きるために必要なものとは、いついかなるときも、心の尊さと強さと、正しさと、清らかさをを失わないようにすることなのです。
生きるために必要なもの「尊く、強く、正しく、清く」という心がけとは
まず、心の尊さと強さと、正しさと、清らかさをを失わないこととは、心をいついかなる時も常に心を積極的にするということです。
心を積極的にしろってことをもっとやさしく言えば生まれたての心に帰ることです。
オギャーとこの世に生まれたときの心は無色透明何の色にも染まっていないピュアなのものです。
その心にあなたの心を返すこと、それが積極的な心ということになります。
あなたが現実に活躍しているのはあなたの肉体ですが、人生を本当に大切だと思ったら、その肉体を完全に理想的に活躍させるにはあなたの心の態度を常に積極的に保つということが必要なんです。
とにかくこの微妙な生命を生かしている神経の働きが完全に行われない限り、どんなに学問にしようが、成績がよかろうが、仕事ができようが、金持ちになろうが安心感、充足感、満足感に満たされた心豊かで幸せな人生は実現できない恐れがあります。
現在の脳科学では積極的な言葉を使うことで前頭葉が鍛えられ、幸福感、満足感に関係する神経回路が形成されていくことが分かっています。
さらに人間の感情を司る扁桃体の過剰な反応を抑え、安心感、充足感、満足感に満たされます。
つまり、積極的思考や言葉を使うことで脳の新しい神経回路が形作られ、心豊かで幸せな人生を考えるようになるのです。
「永遠に続く幸福の可能性」の研究で有名なソニア・リュボミアスキー博士は「生涯にわたる幸福を手にしたければ自己の積極思考を習慣にせよ」と述べています。
人はどうすれば幸福になれるか
米国のハーバード大学には「ポジティブ心理学」という授業があり、人気度№1として有名らしいですが、そこでの「人はどうすれば幸福になれるか」の研究結果として…。
ポジティブな言葉を使うこと
他人に親切にすること
感謝すること
愛すること
などをあげています。
ポジティブな言葉「幸せ」「愛してる」「楽しい」「ツイてる」「素晴らしい」「ありがとう」「元気」などを常に使うことによって、脳内の神経回路がリニューアルして健康遺伝子にスイッチが入り、プラス思考になって健康になり、より幸福感も増して、明るく元気になって人に好かれ運も向上して、仕事も私生活も向上するということです。
したがって、良い運命の主人公になりたかったら、心の中にいつも感謝と歓喜の感情を持つことです。
感謝と歓喜に満ちた言葉と好意は、人生の花園に善き幸福という実を結ぶのです。
あなたは常に心を積極的にしていますか?
どんな極悪非道の人間か鬼かわからないようなやつでも生まれたときのその心は尊く強く正しく清くで、すなわち積極的だったんですよ。
あなたもその通りで、ただいつの日か知らず知らずに物心がつきだすと同時に失われてしまったんです。
それでなくてさえも現代のような情報化時代、気の付かない間にこの「尊さ、強さ、正しさ、清らかさ」が泥塗られるようなごみ垢ほこりが心についてそして今あるがごとき自分が考えても情けないような心が出来上がっちゃっているのであります。
あなたも何でもない時は虚心平気、「矢でも鉄砲でも持って来い」ってぐらい我ながら惚れ惚れするような尊さ強さ正しさ清らかさを持っておいででしょうが、何か事ある時「いざ鎌倉」のその時大抵の人の心はこの反対の状態になっちまうんであります。
しかし、いついかなる時といえども心の尊さと強さと正しさと清らかさを失わずに、どうすれば自分の思い描く夢や願望が叶えられる方法を、やさしく解き明かしたのが中村天風という人です。
中村天風は明治9年、華族に生まれながら、軍事探偵となり、満州へ、「人斬り天風」と恐れられる。
その後、死病を治すために欧米からインドへ。
その間、コロンビア大学で医学を学び、日本人初のヨガ直伝者となる。
帰国後、東京実業貯蔵銀行頭取、大日本製粉重役となるも、突如一切の地位を投げうち、大道説法に転じその波乱の半生から得た人生成功の哲学。
昭和43年(1968年)92歳で亡くなっています。
その中村天風は、「感情が人間の運命を左右する」と説いています。
人生とは、日々の出来事に対する自己の「変化対応力」に左右されるのです。
つまり、この人生を左右する四つの感情の中で、喜びや楽しみをいかに多く自分自身に感じさせ、怒りや悲しみをいかに統御するか、ここで人生はまったく違ったものとなるのです。
生きるってどういうことかは心の重大性の正しい認識が不可欠
現代は 物質文化が進歩して精神文化がおいてきぼりにされているというこの自然傾向の中に生まれかつ生活しているために肉体の方ばかり尊重されています。
言うまでもなく人生というのは1回限りでダブルページはないんです。
1回限りの人生である以上、この世に生まれて何のなすところもなくただ生きて死んでしまったんじゃ何のためにこの世に生まれてきたか意味がないでしょう。
人生の生きる行動とは、 卑近な例から言えば食って、たれて寝て起きて、絶え間なく呼吸することだけで人間は生きています。
手段はそれだけで生きています。
文化人であろうと野蛮人であろうと食って飲んで食べて寝て起きて呼吸するだけで人間は一応にそれで生きているんですよ。
しかしそうすることで「一体どういうわけでなぜ生きていられるんだろう」ってこれ考えたことありますか?
何よりも人生を重大に考えなきゃならないのはここなんです。
食って飲んで食べて寝て起きて肉体が生きていられるのは、この神経の働きというのがあるからなんです。
ではいかなる態度が必要かと言うと積極的という心の態度です。
いつ如何なる時でも積極的という心を保たないと、必ず肉体に故障が生じてくるんです。
したがって、生きるってどういうことかは心の重大性の正しい認識が何よりも必要だということです。
みずからの人生を価値高く活かすのは、だれがなんと言おうとも、あなた自身なんです。
「いかなる場合でも、心の力を落としてはならない。終始一貫、積極的な心の態度をもって人生に生きなさい」というのが、天風哲学の原理原則になっているのです。
生きる 意味とは心を明るく朗らかに生々として勇ましい状態から~
運命として多くの人が諦めてしまっていることのほとんどが、自分の思慮不足であったり、力不足などの理由で運命が開けないことを、どうすることもできない運命と決め付けているだけなのです。
その運命には「天命」と「宿命」の2種類あります。
天命は絶対で、例えば、男が男に生まれたのを女になりたいといっても無理な話です。これはどうすることも出来ないから天命なのです。
しかし、宿命は人間の力で打ち開くことができるのです。
それを運命だからどうにもしょうがないとしてしまう人は、人生を活きるのに口では偉そうなことを言っているのだが、万事にびくびくして、やたらと迷信を信じ安く、ただ偶然という当てにならないことを当てにして活きている人なのです。
このように自己の無自覚と気の弱さの二つが人生をくだらない、価値のない、哀れなものにしてしまうのです。
とにかく、自分の力では出来ないこととしてしまうから、くだらない人生を歩むことになってしまうのです。
であれば、その時、自分の心を積極的な心(明るく朗らかに生々として勇ましい)に振り返れば、すべて宿命などは打開することが出来るのです。
それは人間だから腹の立つこと、悲しいことも時にはありますが、これらを無理して感じるなということではなく、怒りを感じたり、悲しいみに気づいたら、瞬間に心から外して、自分の心を汚さないようにするのです。
自分の心に「憎しみはないか、怒りは、悲しみは、妬みは、……」と問いかけてみましょう。
そして、少しでも消極的なものが心の中にあれば、くだらない宿命を招き寄せる種を蒔いているのだと自覚して、心を積極的にするように心がけることです。
運命を拓くのに、もう一つ大事なことがあります。
それは常に心の中で人生を感謝と喜びで考えるように習慣づけることです。
これは運命を拓くのに大きな効果が期待できます。
感謝と歓喜に満ちた言葉や行いは、人生の花園に善き幸福とという実を結ぶ種子です。
そして自分が今、宇宙霊の中にいるということを忘れずに生活するならば、決して心が消極的にはなりません。
こうなると、よく禍転じて福となすことを得られるような天来の啓示に接するようになってきます。
心というものは、人の生命と宇宙霊とのハーモニーを奏でる鍵盤であり、歓喜と感謝の情は、の平安を賛美する音楽であります。
ところが、こういう真理を自覚していない人は、何事に対しても、常に不平や不満を心に持って、その心持ちで人生を暗い陰鬱なものにしてしまっている。
反対に、真理を自覚してしまうと、常に恬淡明朗、溌剌颯爽として、何事もすべて感謝と歓喜で応接して、自分の運命や健康、成功などを実現し、人生を輝かしく光明化できるのです。
為せば成る 為さねばならぬ何事も
成らぬは おのが 為さぬためなり