肉体を活用して心を強くしようとする主義主張によく引用されている慣用句に、
「健全なる身体に健全なる精神が宿る」というのがあります。


一見すると大いに理に適った捉え方のように取りざたされ、はたまた健全な身体で
なければ健全な精神はもてないかのようにさえも誇張されて、一般にうけとられています。

古くから今の時代ににわたって、想像以上に世間には多くの人々に、正しく
また最も実効性のあるやり方のように考えられているようです。

ある意味に限って言えば正しいが、絶対の真理とは異なるのです。

■人生とは絶対的な積極心である

実は上記のたとえは、ローマの詩人、ジューペナルが健全な身体に不健全な精神のある例を
多くあげた終りに書いた言葉なのです。

元々は「健全なる精神が健全なる身体にあることが望ましい」というものが
もとの意味から離れて誤り伝えられたものなのです。

正しく言えば「健全なる身体は健全なる精神が作る」ということになります。

健全なる精神が絶対的な積極心となれば、
あなたの人生も素晴らしい生きがいのあるものになります。

そこで今回は、「人生の全てが実現できる心の積極化とは」をテーマとしました。

■「健全なる身体は健全なる精神が作る」

病弱な肉体の持主が、積極的な精神を振い起して健康を手に入れた事例は、
驚くほどたくさんあります。

よく知られている心身統一法の創始者である中村天風師は壮年の折、奔馬性肺結核
にかかり、当時名医といわれた北里博士にも見放されたのです。

が、病苦を脱するため先ず心の強さを作る方法を広く世界に求め、遂に自からの
健康を完全に回復させたのです。

その他にも、生来虚弱な身体をもって生まれ、幼少の時から数々の病に苦しめられ、
大学時代になって先ず心の建て直しに成功して、自分でも驚く程の健康体となって
活躍しているという実例もあります。

従って「健全なる身体に健全なる精神が宿る」でなく、
「健全なる身体は健全なる精神が作る」というのが正しい言い方になります。

■心の絶対的な強さ

今かりに肉体を強化することによって、心も強くなったとします。

しかしその心の強さはからだの強さに左右される強さということになります。

くわしくいうと、からだの強い間は心も強くもてるであろうが、なんらかの場合、
からだに故障を生じたり、病にかかったりして、からだの強さが失われると、
同時に心の強さも失われてしまうこととなります。

本当に望む心の強さは、たとえ肉体に故障を生じたり、病にかかつたり、
また仕事や境遇や運命の上に、大きな障害や困難、あるいは不幸な出来事が襲ってきても、
それらのものに心が打ち負かされず、断乎敢然としてそれらを克服し、
乗り切って行ける強い強い心が欲しい心の強さということになります。

これが絶対的な強さです。

またあなたが順境に在るとき、すなわち健康で運命も順調で、自分の人生がスムースに
運んでいる時は、特に明朗積極の精神をもとうと努めなくも、自然そうなり易い状態にありますよね。

ところが病や不運に見舞われた時は、とかく人間の心はそれに負けて、
消極的な弱い心に陥り易くあります。

そういう時こそ、その病、不運を克服する積極的な強い心が特に必要なのであります。

すなわち外的条件や肉体的条件に左右されない、むしろそれらの条件を支配制御する
だけの強さ、すなわち絶対的な心の強さが、ぜひとも必要なのであります。

この絶対的な心の強さは、断じて肉体を通じての強化法では獲得することは不可能です。

もとよりからだから心を強くする方法も、決して無効ではありませんが、
それで得られる心の強さは、ある程度までの相対的の強さであって、
本当にたよりになる強さとは異なるのです。

心の絶対的な強さを作りあげるためには、どうしても心そのものに対して、
直接強くする方法を講じざるを得ないのです。

■心の強弱と感応性能の強弱は比例する

心が強い弱いというのは、実はわれわれの心がもつ感応性能とも名付けられる
働きが、強いか弱いかによるものです。

感応性能とは、外界からの刺激を感覚し知覚する感受性と、その刺激に対し、
心に生じる反応性とを総合して名付けたものです。

われわれの注意しなければならないのは、
この感応性能という心の働きが、多くの人間には習慣となって
心の傾向性を示している事だと言えます。

すなわち大きく分けて感応性能の強い(積極的な)人と、弱い(消極的な)人と
二つに分れているということです。

普通よくいわれる陽気な人、明朗な人、快活な人、元気な人、大胆な人、
腹のすわった人、神経がふとい、気が大きい、心が広いなどといわれる人は、
感応性能が積極的な人
で、

これと反対に陰気な人、暗い感じの人、悲観的な人、憶病な人、神経過敏な人、
気が小さい、怒りっぽい、心がせまい、苦労性などといわれる人は、
感応性能が消極的になっている人ということを意味します。

そして現代は、後者の感応性能が消極的な人々の方が非常に多いということは、
見のがすことのできない事実なのではないでしょうか。

このような意味の感応性能が強いとか、弱いとかいうことは、昔から学者や
識者の考え方によると、大部分は生まれつきのもの、
すなわち先天的の素質なのだということとなっています。

そして後天的の修養や、本人の自覚と努力によって、ある程度まで直すことはできるが、
感応性能の全く消極的の人が、全然正反対の積極的な人間になることは、
到底不可能のことだといっています。

しかし、経験的事実は、これを可能としています。

それは現代の多くの人の感応性能が弱いのは、その原因として先天的の部分も
幾分あるかも知れないが、

それより以上、大部分は後天的の環境の影響によるものだからということを意味します。

ここでいう環境は広い意味でいうので、細かくいえば、生まれてから今日まで
その人の置かれた境遇や、経験や、知識、

また時代思想や世相などの影響といったような後天的なものが、その人の感応性能の強弱を
作り上げるのに、決定的な要因となっているという事実です。

こういう環境が現代では消極的な感応性能を作り上げてしまったということに
気が付かなければいけないのです。

従って正しくは「健全なる身体に健全なる精神が宿る」でなく、
「健全なる身体は健全なる精神が作る」となります。。

■病、不運を克服する

病や不運に見舞われた時は、とかく人間の心はそれに負けて、
消極的な弱い心になりがちであります。

そういう時こそ、その病、不運を克服する積極的な強い心が
特に必要なのです。

すなわち外的条件や肉体的条件に左右されない、むしろそれらの条件を
支配制御するだけの強さ、すなわち絶対的な心の強さが、ぜひとも必要なのであります。

■感応性能の積極化の方法は?

あなたの心が肉体本位になると、感覚や感情のために心の強さが失われて、
命の力の発動が消極的になってしまいます。

これに反し、感応性能が積極化されると、心身のアンバランスが調整され、
意志の力が発現し、命の力がぐんぐん旺盛に発動します。

すなわち感応性能の積極化が、心の強さを作り上げるのです。

結局のところ感応性能の積極化の方法は、やさしくいえば、
いつも心の持ち方を、明るく朗らかに、生き生きと、勇ましくもつことだ。

別の言葉でいえば、
いつも心を、尊く、強く、正しく、清い状態に堅持することです。