悟りとは何か
 

 
釈迦の悟りの方法は「仏教」という宗教に属するものではありません。

 

それは、智慧の教えで、自分とは何かを自問して自分を発見すること、すなわち悟ることなのです。

 

「悟りとは何か」を釈迦は自己観察(念)と戒と定(サマーディー)を修して、自分に関して確かなことに気づき、智慧が生じて解脱し、解脱したことを知見したのです。

 

悟るとはあなた自身を発見することです。

 

その時、あなたは心安らかになります。

 

智慧が生じますから確かなこと、本当のことがわかります。

 

安心がたちますから、仕事にも、家庭生活にも、すべてに価値観が変わり、アイデンティティが確立しますから、生き生きとして毎日が楽しくなります。

 

生きること自体が、他に例えようのない幸福感をもたらすでしょう。

 

あなたも、ご自身を発見して、智慧を得て、安らかな境地を体験しましょう。

 

悟りとは何か?

 

「悟りとは何か」を単刀直入に言えば、本当の自分を知ることということなんです。

 

では、本当の自分とは、自然のうちとしての小宇宙で宇宙と変わることのない宇宙法則ということもできる自然の摂理において存在しているあなた本来の姿という意味です。

 

したがって、「悟る」とは、この宇宙との一体感を体感をもって感じとり、あなたが自然の一部として存在していることを体験を通した実感として明確に認識することなのです。

 

釈迦は35歳にして悟ったとされていますが、その方法は祈ることや、拝んで祀ること、信じることなどという宗教的なこととは違うものだったのです。

 

自然科学者が自然界の現象を観察して法則を発見するのと同じような感じで悟ったと考えられます。

 

すなわち、自分を実験台として自分の内部を自己観察して、今ここの気づき(念)があって、戒を持して、定(サマーディー)を修して確かなこと(法則)を発見して悟ったのです。

 

悟りを開いた人の体験

悟り 体験
 

私とは何かと自問して、私を発見するには、私自身を観察、探求してつきつめます。

 

そのことは、決して自分自身を偽らない、すなわちウソをつかないということです。

 

もちろん他人に対しても同様です。

 

ここで、世間でよく言われる「ホンネ」と「タテマエ」ということに関して、世の中を渡っていくにはホンネを言わずにタテマエを優先させることが世間の風潮のようになっています。

 

そのことによって、人々は、多かれ少なかれ空しさを味わっています。

 

そもそも、ホンネを主張して自分を突き詰めることをせずに、自分を欺き、逃げてしまっているのです。

 

ありのままの自分を見つめないで「貪嗔痴」の世界への逃避です。

 

かっての私もホンネとタテマエを使い分け、いつも心の葛藤の毎日でした。

 

人間関係に悩み、苦しんでいました。

 

どのように生きたらよいのか、一晩中考えたこともあります。

 

そんなある日、このように空しく悩むのは、自分で自分自身のことを分かっていないからではないかということに思い至りました。

 

同時に「悟り」という境地に至れば、今の問題はすべて解決するのではないかと考えたのです。

 

その日から、「私とは何か」の探究が始まったのです。

 

そして、私を知る上で役に立つと思われる禅に始まり、心理学、精神分析、精神医学、大脳生理学などの本を研究しました。

 

一方で釈迦が説いたと言われている原始仏教に関するものも仏教学者の書いたもので学び始めました。

 

しかし、自分で納得がいくとか、悟ったとかいうことはありませんでした。

 

数年前に、自己観察(念)と戒と定(サマーディー)を修して、自分に関して確かなことに気づき、智慧が生じて解脱し、解脱したことを知るという釈迦の悟った方法にたどり着き実践しました。

 

その結果、ある時を境に空しさは全くなくなり、楽しいという毎日をすごしている自分に出会いました。

 

歴史的には2500年以上前の釈迦が説いた道であり、智慧を得て悟りを開く道です。

 

この道は自然科学の知識と理性を頼りに説かれています。

 

念あって、戒、定、慧、解脱、解脱知見の一筋の道は、私にとって確かに存在しました。

 

一人でも多くの方が、ご自分を発見されることを希望しています。

 

このように体験を述べています。

 

悟りを開くとどうなる

 

悟りを開くとどうなるかということを整理してみました。

 

これらは自己観察(念)と戒と定(サマーディー)を修している過程で努力することなく自然に身についてきます。

 

(1)あらゆる依存からの自立

最終的に頼れるのは自分であることは誰でも分かっていることですが、専門知識を身につけて一芸に秀でたとしても、絶対の自信はもてませんでした。

 

そして自分の生き方や人生観を確立しようと書籍を読みあさっても知識として記憶するだけでは変わることはできませんでした。

 

しかし、他人の考えを追い求めることをやめた今は、精神的、身体的、情報などに依存しない「頼れる自分」を発見できたことで自信が得られるようになりました。

 

(2)感受性が豊かになる

大人になって忘れてしまった子供のころには常に体感していた同じことの繰り返しやたわいもないものからさえも得られたあの感動がよみがえり、日常的な出来事に対して新鮮な喜びや驚きを心から楽しめるようになってきています。

 

(3)人間関係が良好になる

今までは当然と考えていた親兄弟に対して、義務感からではない深い感謝の念が湧いてきます。

 

そして今まで気に入らないとか、気が合わないと思っていた相手の考えや話す内容が手にとるようにわかるようになります。

 

気に入らないことがあっても腹を立てたりせずに、いろいろな関係の中で困ったことが起きてもうまく対応が出来ています。

 

後になってのあの時はこうすれば良かったなどという後悔することも少なくなっています。

 

(4)落ち込まなくなり挫折感を味わうことがなくなる

消極的な考えや感情になっていると落ち込みが生じます。

 

こうした消極的なとらわれが減少して、自分に合った目標や夢が見つかり、それを目指して日々着実に行動することを楽しみながらとらわれることなく、目標や夢が少しづつ実現出来るようになってくるので挫折することがなくなっています。

 

(5)コンプレックスの解消

あなたは普段あなたの意志に従って主体的に行動していると思っていますよね。

 

しかし、時たま思いがけないミスをしてしまったり、してはいけないと知りつつ、失敗してしまったり、あなた自身の心が思い通りにならないことを感じることもありますよね。

 

例えば人前で緊張するまいと思えば思う程あがってしまって、口ごもってうまくしゃべれなかったり、とんでもない失態を招いてしまったということは、身に覚えのあることだと思います。

 

これらのコンプレックスと呼ばれるものが自分で自分をコントロールする力がついてくるので、自然と解消してくるようです。

 

(6)直観力が高まり洞察力が増す

直観力が高まり、相手の考えや話す内容が手に取るようにわかるようになってきますので、デマや不確かな情報に惑わされることがなくなってきます。

 

(7)処理能力が高まり問題解決が的確になる

処理能力が高まり、いつも最良な方法を思いつけるようになります。

 

あなたは仕事上の問題や人間関係からの諸問題など様々な問題に遭遇することと思います。

 

ところが、悟りを開く過程で悩むことが少なくなるのですが、それと同時に問題解決に関しては直観的なひらめきによって難なく解決されてしまうようになります。

 

それは、これまで行ってきた自分の知識や経験に基づいた論理的思考に感情的な判断を加味した結論に比べて、より完璧で最良の方法になっているようです。

 

人間の脳は普段考えているよりも、はるかに優秀で無限の可能性を持っています。

 

悟りによって、今まで思ってもみなかったこれらの能力に気づき、それらが開花してくることに気づきます。

 

(8)心に余裕ができ人に好かれる

右脳が開花して、前向きな性格となり、気力も向上して心に余裕ができ、明朗快活になり人に好かれ頼れる人間になるようです。

 

(9)素直になれる

嫉妬、恨み、妬みや独占欲などの気持ちは、次第になくなり、自分に自信が持てるようになるため、不必要なプライドは薄れ、すべてをありのままに受け入れる素直さが出て、精神的な自由が得られます。

 

釈迦 悟りの方法

 

ここでは釈迦がじっさいに悟りを得た方法を、詳しく解説していきます。

 

前にも記していますが、まずは釈迦の悟りの方法を確認してください。

 

「自分を実験台として自分の内部を自己観察して、今ここの気づき(念)があって、戒を持して、定(サマーディー)を修して確かなこと(法則)を発見して悟ったのです。」

 

2つの具体的な方法

 

まずは、一人きりになれる静かなところで座って行うのがよいでしょう。

 

座り方は、自然に腰骨をを立てていれば、正座でもあぐらでも、椅子に座ってでも構いません。

 

目は開いていても閉じていても良いですが、眠くなるようでしたら、目を開けてぼんやりと目線の高さで眺めていると良いでしょう。

 

最初のうちは5~10分間くらいをめどにやってみてください。

 

(1)鼓動のドキン・ドキン

両手の手を合わせて、指先にドキン・ドキンと心臓の鼓動を感じるようにします。

 

指先に鼓動を感じない場合は、手首のところで脈をはかる場所を反対の手で押さえたり、心臓に手のひらを当てても構いません。

 

とにかく、ドキン・ドキンという鼓動を感じるようにしてから、この鼓動を1から10まで繰り返し数えます。

 

慣れてきたら、数えるのをやめて、ただただ鼓動を感じている状態をつくるようにします。

 

(2)呼吸の吸う息と吐く息

あなた自身の吸う息と吐く息に意識を集中します。

 

緊張したり、無理をしないで、いつものように息を吸ったり吐いたりします。

 

その吸う息と吐く息が鼻の中、または気管を通るのを感じているようにします。

 

呼吸につれて肺が広がったり縮んだりするのを感じても良いです。

 

意識が完全に呼吸に集中して、呼吸の一連の動作の過程に気づいているような状態をつくるようにします。

 

自分自身を観察すること

 

具体的な方法はいかがだったでしょうか?

 

この方法であなた自身を観察して、あなたの脳の働きの法則性を発見して、その延長線上で、悟りに結び付けていくのです。

 

この世に一つしかないあなたの脳の働きに関して、再現性のある確かな法則をあなた自身が発見することです。

 

そのために気づきの方法を行って、今のあなたにはない、ある能力を育てなけれがいけないのです。

 

読んだだけでは、さっぱりわからないと思います。

 

とにかくこの方法を実行して習熟してからでないと、どうにもなりません。

 

観察の対象は、今この瞬間のみに存在するあなた自身です。

 

高々5~10分間とは言っても、鼓動や呼吸に意識を集中することが難しいことがお分かりになったのではないでしょうか。

 

知らない間に、いろいろなことを勝手に考えてはいませんでしたか?

 

あるいは、外から聞こえてくる音に気をとられてはいませんでしたか?

 

様々なことがとりとめもなく浮かんでは消えてゆきませんでしたか?

 

呼吸や鼓動に集中してるはずなのに、あなたの脳は勝手に働きだしてしまっているということなのです。

 

この事実、すなわちあなたの意思とは関係なく脳裏にさまざまな事が浮かんできているということを理解してください。

 

このようなことは、あなたが目覚めている間は絶えず行われていたのですが、普段は気が付かずにいたのです。

 

まとめ

 

実は、まだ今回のテーマは完結をしておりません。

 

続きは、またの機会で記すことにしますが、とにかく釈迦の悟った方法の自己観察を修練してみてください。

 

きっと何かに気づくはずです。