悟りを開くとは
 

 
あなたは、あなたが生まれてきた目的を考えたことがありますか。

 

あなたが自分らしく自信を持って生きたい、最高の人生にしたいのであれば「悟りを開くとは」を探求しましょう。

 

悟りを開くことで、必ず不安や恐れは希望となり、人生は確実に変化して生き方に確信がもてます。

 

なんのために生まれてきたのだろう?

 

なんで自分だけこんな辛い目に会うのだろう?

 

今やってる事とやりたいことが違うんです。

 

などと考えている人に特におススメです。

 

悟りを開くとは

 

あなたがあなただと思っているあなたは、本当のあなたではないのです。

 

このことは悟りを開くということを考える時、まず最初に理解しておかなければならないことです。

 

あなたがあなただと思っているあなたは、自分の意志で生きているのでしょうか?

 

確かに、あなたの意思で生活はしています。

 

しかし、あなたの意志で心臓を動かしたり、呼吸をしているわけではありませんよね。

 

「生きている」あなたと「生活をしている」あなたという2つのあなたがあるということを考えてみてください。

 

「生きているあなた」については、ほとんど普段の生活では自覚していません。

 

ところが、「生活をしているあなた」はあなたが中心で物事を認識するために常に価値観が変化している中で葛藤をくり返しています。

 

あなたが自分だと思っているのは、この、「生活しているあなた」だけなのです。

 

このように「生活しているあなた」に生ずる悩みや苦しみの解決には、あなたを存在たらしめている「生きているあなた」のことを知る必要があるのです。

 

なぜ悟ることが必要なのか?

 

世の中が便利になればなるほど、自然は破壊されていきます。

 

あなたは、自然を破壊することが、あなた自身を破壊していく行為である、という大切なことに気づいていますか。

 

なぜ、自然を破壊することが、あなた自身を破壊していく行為であるのかというと、大自然の山や川、そして動物も植物も、そして人間も動物の一種であり、当然、自然の一部なのだということで理解できるのではないでしょうか。

 

このごくごく当たり前のことに対する正しい認識をもつことが最も大切なことなのです。

 

あなたが自然の一部であり、自然界の法則の中で生きている存在であることを正しく理解するためには、あなたが自然(宇宙)と一体であるということを実感をもって認識すること、すなわち「悟ること」が必要なのです。

 

それなくして、自然との真の共存はできないのです。

 

この世はすべて偽りの世界?

 

仏教やヨガでは、この世は、「迷妄(偽り)の世界」とか「マーヤ(幻)」であると解説しています。

 

つまり、この世のことは、すべて観念の世界であり、真理から見れば偽りの世界であるということになります。

 

悟りを開くためには、この世、すなわち生活の場は観念の世界ゆえに「事実」ではあっても「真実ではない」ということを理解することが、必要不可欠なことなのです。

 

「事実」とは、常に変化する価値観、人それぞれによって違いのある観念的な価値観によって起こる現象ですから、常に利害衝突が起こり、あなた自身にもさまざまな間題が生じるのです。

 

このような争いごとを世の中からなくすためには、相対的な事実によって生活を続けるのではなく絶対的な真実をとらえなければなりません。

 

本当の幸福とは、すべての人が幸福を手にしてはじめてそう言えるのです。

 

その実現のためには、「自分の創りだす観念を真実と思い込んでいる」今の状態のままではいけません。

 

悟りを開くために必要な2つの条件

 

1.「悟ろう」とする強い意志

 

あなたの「悟り」に向かう気持ちが弱ければ、とても成就することはできません。

 

とくに、「悟り」というあなたの存在にかかわることを知ろうとするには、何よりも強い目的意識を必要とします。

 

2.自己を放下する

 

本来、宇宙と一体であるはずの人間が、その宇宙との一体感に気づけなくなってしまったのはなぜなのか?

 

何が、その一体感を感じさせなくしてしまったのか?

 

ということが理解できれば、あなたが放下すべき自己とは何を意味するかがわかるはずです。

 

自己放下とは、「悟り」の邪魔をしている「自我意識」の働きである観念的な「心」を取り去ることを言っているのです。

 

悟りを開く仙道の修行方法

 

あなたが悟りを開くことを強く願えば、あなた自身があなたのその願いを叶えることができるのです。

 

あなたがあなた自身の本当の姿、至高の存在であるあなたを知った時、その時からあなたにとって、本当の生活が始まります。

 

そして、あなたは、歓喜と輝きに満ちあふれ、真の豊かさと平安に包まれた日々を手にするのです。

 

仙道の気の修練

 

仙道の真の目的は、仙人になることです。

 

仙人とは、真人、つまり「真の自己」を体得した人のことを言います。

 

要するに、「悟り」を開いた人のことを言うのです。

 

仙道の気の修練は、肉体的要素と心的な要素、そして、それらの根源で働く気とを結びつけていく技法です。

 

心身を気で融合させることによって、ついには宇宙の意識との一体感を得ることが可能なのです。

 

仙道の修練の特徴は、気によって身体の神経系を刺激して、ドーパミンやエンドルフィンなどの快感を生み出す脳内麻薬物質を分泌させて、非常に強烈な快感を得ることができることです。

 

この快感によって、観念的な「心」の働きである欲望や感情といったものを制御することが可能になります。

 

気の修練によって引き出される強烈な快感(恍惚感)によって、外部環境に反応する「心」の働きである感情や欲望が制せられてしまうのです。

 

仙道のすべての技法は心身の浄化を目的としているのであり、その心身の浄化と「悟り」とがどのように関連しているのかということを正しく理解せずに行なっても効果はありません。

 

悟りを開く5段階の修行方法

 

1.身体の浄化

 

まず、身体の調子を整え、生活の乱れによって生じた、身体にとって有害な物質や老廃物を除去していきます。

 

これが身体の浄化です。

 

身体のどこかが痛かったり、苦しかったりする状態で、「無念無想」の体験を得るための修練ができるはずはありません。

 

2.服気法(呼吸法)

 

気の修練の中でも特に重要なのが、呼吸の修練である服気法です。

 

人間は、水や食物をとらなくても数日間は生きていられます。

 

しかし、呼吸なくしては一時も生きることはできません。

 

このように、生命の維持に不可欠であり、生命活動に重要な意味をもつ呼吸をコントロールする服気法は、気の修練において欠くことのできない技法でもあります。

 

服気法によって、呼吸器官の働きを調整して、そのの機能が高まることで身体の循環機能も増進され、消化排泄作用が調整されて身体全体が整い、身体が浄化されていくというわけです。

 

それに、呼吸のコントロールに習熟するにつれて神経系統の働きも調整され、感覚器官の統御ができるようになってきます。

 

さらに、感覚器官を通して働いている「心」を統御することも可能になって、通常の意識(自我意識)と無意識(純粋意識)とをつなぐ重要な働きもあることを理解しておく必要があります。

 

3.感覚の統御法

 

外部からの刺激に反応している「心」を見つめる修練が必要になるわけです。

 

感覚の統御法は制感行と呼ばれています。

 

制感行に習熟していくと、外部の変化による刺激に対する適応力が強まり、どんな外部からの刺激にも適応できるようになります。

 

制感行は、注意深く自己の「心」を観察しながら、外部からの刺激に反応する「自我意識」をはっきりと見定めていきます。

 

観念的な「心」をコントロールすることは、「悟り」に向かうためにどうしても必要な修練なのです。

 

4.集中から瞑想へ

 

集中するには、当然のことながら自己の「心」をコントロールする必要があります。

 

充分に「心」をコントロールできるようになったなら、その「心」を用いて、自分の「心」のすべてを、気へと集中するのです。

 

気に集中することで、気を充分に体感し、「心」が、気以外には何も感じない状態、すなわち「心」が対象そのものになってしまう状態になります。

 

この状態に習熟することによって、瞑想状態が訪れます。

 

それは、集中に努力を要しない状態で集中している状態です。

 

集中から瞑想へ向かうための秘訣は、制感行や集中行に習熟することです。

 

その瞑想状態が深まるにつれて、感覚器官も大脳皮質もその働きが静止し、観念が消えて「無念無想」の状態が訪れます。

 

5.座忘(三昧)

 

ヨガではサマーディ(三昧)と呼んでいます。

 

この状態を仙道では、「座忘」と言います。

 

個なる自己を忘れ去っている状態という意味です。

 

ヨガではサマデ″(三昧)と呼んでいますね。

 

座忘は、深い睡眠と似た状態ですが、「自我意識」を目覚めさせたまま、心の働きをなくしてしまう技法です。

 

この「座忘」体験が「無念無想」の体験であり、この状態を直観によって認識した時を「悟り」というのです。

 

直観が働かずに、ただの体験であればそれは、一つの経験をしたということで終わってしまうのです。

 

悟り体験を体得するには直観による認識が必要です。

 

そして、「真の自己」である魂を感じられるとともに自己と宇宙との一体感を明確に認識しうる状態になるのです。

 

自分の意識の拡がりを充分に感じながら、しかも主客がない状態です。

 

「すべては無い、けれども有る」といった、とうてい理解ができないような認識を得ることが可能になるのです。

 

このように、人間には限りない潜在能力が宿っています。

 

その気になれば、いくらでも引き出せる叡智が私たち人間には宿っていることを知ってください。

 

悟りを開く意味

悟りを開く意味
 

学歴の高い人ほど物事を頭で考えて理解しようとしますが、頭で考えようとしているうちは、絶対に悟りを開くことはできません。

 

あなたはご自分の顔を直接に肉眼で見ることはできないですよね。

 

それと同様に、相対を越えた絶対界のものである本当の自分は、認識することはできないのです。

 

まず、このことをはっきりと理解しておいてください。

 

「悟る」ための認識の仕方

 

「悟る」には、生活の場における通常の知るという行為の仕方、つまり、相対するものを頭で考えて認識するという方法は使えません。

 

頭で理解するのではなく、体感して体得するのです。

 

つまり、生活の場の「自己」が、存在としての「自己」すなわち魂を体感することです。

 

この状態は主客の無い状態、つまり、知る「自分」と知られる「自分」が統一された状態です。

 

この状態を「無念無想」の状態といって、この「無念無想」の体験をするための修練が、坐禅や瞑想です。

 

「無念無想」の状態は深い瞑想状態の時に誰でも感じられるものです。

 

それは身体が無くなったような感じがさらに進んで、自分の「心」をまったく感じられない状態です。

 

はじめは一瞬の出来事ですが、上達するにつれて「無念無想」の状態を長く保てるようになります。

 

しかし残念ながら、この「無念無想」の体験をしただけで「悟れる」わけではありません。

 

ここのところを勘違いしている人が多いのです。

 

 

「無念無想」だけでは悟れない

 

もちろん「無念無想」は、とても大事です。

 

つまり「無念無想」の体験によって、相対界を越えた、主客統一の絶対界を体験することができるのです。

 

この経験が必要なのです。

 

しかしながら、繰り返しになってしまいますが「悟る」ためには、どうしてもその「無念無想」の状態を認識しなければならないのです。

 

では、この「無念無想」の状態を認識するにはどうしたらよいのでしょうか?

 

直観認識

 

人間が物事を認識するという行為の仕方には二つの状態があります。

 

一つは思考による認識の仕方であり、もう一つは、特に知ろうとしなくて知ることができる、直感による認識の仕方です。

 

「悟り」を得る、つまり相対界と絶対界の狭間で「無念無想」の状態で「真の自己」である魂を認識するのは、この直観認識によってなのです。

 

この一瞬においてのみ、本当の自分を発見します。

 

そして同時に、自分が肉体に閉じ込められた小さな生き物ではなく、自然とともにある大きな存在としての自己であることを発見するのです。

 

これが「悟り」です。

 

あなたが体験した「無念無想」の状態を、認識した瞬間なのです。

 

悟りを開くとどうなる

悟りを開くとどうなる
 

あなたはなぜ、この宇宙に存在しているのでしょうか?

 

人間は、他の動物とは違う高度な認識力をもっている、ということの本当の意味を理解しなければならないのです。

 

科学がいくら進歩しても、その使い方を誤っては何にもなりません。

 

それと同様に、私たちの意識もいくら進化し高度になっても、その使い方を誤っては何にもならないのです。

 

科学を絶対的なものだと思っている人は、その科学にも限界があるということについて知らなけれげなりません。

 

「悟り」とは、この科学の限界を突破して、人間存在の謎を解き明かすことでもあるのです。

 

まずはじめに理解してほしいことは、「この宇宙の存在を認識できるのは、人間だけである」という点です。

 

人間のような意識レベルをもつものによってのみ、この宇宙は認識されるのです。

 

この宇宙も宇宙を認識できるだけの意識が存在しなければ、存在しないことになってしまいます。

 

宇宙には、宇宙を認識できる意識が必要です。

 

そのような高度な意識が存在しなければ、宇宙はただの空間でしかありません。

 

ただの空間でよければ、宇宙はその存在を顕わさなくてもよかったのです。

 

しかし、この宇宙の誕生以来さまざまな進化を経て、自らを認識できるほどにまで高まった意識体とも言える人間が現れたのです。

 

この高度な認識力をもつ存在があってはじめて、宇宙も、宇宙の法則も、その存在が顕らかになるのです。

 

宇宙の素晴らしさ、美しさ、その内に秘められたさまざまな働き、その宇宙の存在を認識するには、人間の意識が必要だったのです。

 

これが、「人間が何ゆえに、この宇宙に存在しているのか?」ということの答えです。

 

ですから人間は、どうしてもその宇宙の「目的」を達成しなければなりません。

 

この「目的」を達成することが、「悟り」なのです。

 

あなたが本当に人間らしい幸福な生活を送るには、宇宙の意を認識し、その働きである、宇宙の法則(摂理)に従わなくてはなりません。

 

「悟り」を得なければ、せっかくこれほど発達した意識をもちながらも、自分の観念的な意識に振り回されて、病気をはじめ、さまざまな問題や苦しみが生じてきます。

 

しかし人間を悩まし、苦しめる自分の意識が、実は「悟る」ために必要なものであることが理解できたら、「悟り」が人間に与えられた大きな必然であることがわかるでしょう。

 

そして、そのことを理解することで、「悟り」があなたが思っているような難しいものではないということもわかるはずです。

 

人間は、必然として「悟る」ことができる能力を与えられているのです。

 

悟りを開いた人の心に響く名言

 

一つの言葉が人生に迷い悩んで苦しんでいる時、希望と勇気を与えてくれて救われることがあります。

 

あなたの人生に多大な影響を受けることもあるでしょう。

 

そんな人生に効く悟りを開いた人たちの人生の名言を選んでみました。

 

  • 釈迦の名言

 

「自分を変えるのは自分だけ。どんなに大きな変化もすべてあなたの一歩から。」

 

「過去に囚われてはいけない。未来を待つだけでもいけない。ただ、この瞬間に集中すること。」

 

  • 空海の名言

 

「周りの環境は、心の状態によって変わる。心が暗いと何を見ても楽しくない。静かで落ち着いた環境にいれば、心も自然と穏やかになる」

 

「生まれ生まれ生まれ生まれて生の始めに暗く、死に死に死に死んで死の終わりに冥し」

 

  • 老子の名言

 

「今持っているもので満足し、ありのままの姿を喜ぶことだ。 何も欠けていないと悟れば、全世界が自分のものとなる。」

 

  • 中村天風の名言

 

「人間は、進化と向上という、偉大で尊厳な宇宙法則を実現化するために、この世に生まれてきたのである。」

 

  • ジョセフ・マーフィーの名言

 

「人生は自分の思い通りになんかならないと思っている人は、自らが思い通りにならないことを望んでいる人です。」

 

  • ヘレン・ケラーの名言

 

「自分でこんな人間だと思ってしまえば、それだけの人間にしかなれないのです。」

 

  • ガンジーの名言

 

「人間は、その人の思考の産物にすぎない。人は思っている通りになる。」

 

  • エマーソンの名言

 

「偉大な栄光とは失敗しないことではない。失敗するたびに立ち上がることにある。」

 

  • ゲーテの名言

 

「大切なのは偉大な意欲を持ち それを貫くだけの技量と 忍耐力とを持つことだ。」

 

  • スティーヴン・ホーキンスの名言

 

「人生は、できることに集中することであり、できないことを悔やむことではない」

 

  • アルバート・アインシュタインの名言

 

「わたしは誰にも何も求めないので幸せでいられます。」

 

  • 松下幸之助の名言

 

「人間本来は悩みがないものである。悩みがあるのは自分の心が考えが狭くなっているからだ。」

 

まとめ

 

あなたが、今のあなたを中心とした生活から宇宙と調和した生活を身につけるために「悟り」が必要なのです。

 

「悟り」を得る前と「悟り」を得た後では、当然のことながら体験の深さに変化が生じます。

 

「悟り」を得て「真の自己」に目覚めることで、過去のさまざまな記憶、習性になってしまった観念的な行為が浄化されて、あなたは歓喜と輝きに満ちあふれ、真の豊かさと平安に包まれた日々を手にすることができるのです。

 

長文になってしまいましたが、悟りを開くとはあなた自身を知ることの意味をよく理解して今後のあなたの人生に役立ててください。